2014/09/30

パリの宿

今回はパリ郊外に寝泊まりさせてもらいます。
郊外と行っても中心部まで10〜15分くらい?
治安が良くて、日本を歩いてるみたい。
日本で云うならばどこだろう?
油断しないようにしないと。

今回の雇い主である作家さんのサブアトリエ?
入り口が門になっていて、中は森のような大木とゆったりした道が続いている。
その中に平屋スタイルのアトリエが幾つか点在していて
私が泊まるのはそのうちのひとつ、
この敷地の管理人さんの住まいと隣接しているので余計安心してしまう。
作家さんによっては、ここに家族で暮らしてる方もいるそう。
いい環境だろうな。
静かで耳が休まりそう。

さてさて、ここへ到着した時に今回の雇い主の作家さんが床を拭き掃除していました。
片付けの仕上げだったみたい。
いつもどーんと構えているJさんが急いで雑巾で掃除してたのがおかしくて
「Hurry up‼︎」と威圧風に言ったら
多分日本風にペコペコして
『すいませんね、今日は女中が急な休みでてんてこ舞いでして…』
と返してきた。
この方は舌を引っこ抜いたりしないと
ふざけた言い訳を言い続けるのだな…。
2〜3回りくらい年上なのだけど、キャラ設定が出来上がってる。
日本の青山辺りを歩いてそうな、ちょっとチャラめの男の子の挨拶のマネとかしてくれます。

フランシス・ベーコンの図録と、旅の記録ノートを頂く。

◉Ca me fait plaisir de vous voir!
またお会いできて嬉しゅうございます。

野生の王国Paris

昨日のことですが

朝、バーゼルの宿をチェックアウトしたらマラソン大会が。
ガンバレーがそばれー

バーゼルから、パリへ移動。
するつもりが機体トラブルで飛行機取り替えるとかで、遅れている。
今日誰かと会う約束しようかと思っていたけどしなくて良かった。
どれくらい遅れるのか見ものです。
→結局2時間遅れ

これまでパリに舐められまくっていた私にとって
(スリ未遂×3、スキミングなどを筆頭に)
パリ入りするのは"気を張らなきゃ"って街になってしまいました。
怖い話もちらほら聞くし。
犯罪率がここ10年で10倍になっているとか
(自分の街で考えたら怖くないですか?)。
ほとんどが盗み系だと思うけど。

前に聞いたひとつが、パリ北部の治安の悪い地域の廃墟を撮影に行った日本人カメラマンが
催涙スプレーでカメラを取られ
駆け込んだパン屋から通報し、
一息ついて店を出たら今度は殴られて財布を取られて…
とまるで弱った動物が強い動物に次々と狙われていく様はサバンナを思い起こさせます。
遠い昔、好きだった人に"動物に例えたらハイエナ"と言われたことがあったので
自分ではまだ気づいていないけど、意外と順応していける街なのかもしれません。

日本大使館から仏在住者へ送信された
テロや誘拐などへの注意喚起メールを見せてもらって、
それでも密かに怯えております。
なるべく無事に帰れますように!
自分だけ助かればいいってもんでもないんだけど。
日本の噴火のニュースも怖いし、本当に安全なとこってないですね。



バーゼルさよならまた会おう!






◉Qu'est-ce qui se passe ?

    何が起こっているのです?





2014/09/28

ロンシャン人間交差点






◯行きのマダム/電車にて、未来予想図
 親くらいの年齢?

マ『私はドイツから来てて、1週間休みが取れたから南仏の別荘に行くのよ』

私「泳ぐんですか?」

マ『(ジェスチャー付きで)
  食べて、寝るだけよ!』




◯帰りのムッシュ/山道にて

遠くから杖をついた人が身体を引きずるように歩いて来たので
おじいちゃんかと思っていたら、これまた親くらいの男性だった。
よく見るとトレッキング姿。

ム『ようあんた!こっから頂上まではあとどれくらいかかる?』

私「うーん、(私で3分くらい?ムッシュ引きずり歩きだと)5分くらいですかね?」

ム『あんたで5分ならおらぁ10分かかるじゃねーか!
  今日20km歩いてここまで来たからズタズタなんだよ。
  あーもうしんどいわ、Ciao ciao‼︎』

注・文末はニュアンスでお送りしております




思想の行き届いた丘

Iさんに教えてもらった、ゲーテアヌム(Goetheanum)。
スイスにありながら、シュタイナー教育の聖地のような地域のひとつになっているそう。

こちらもバーゼル中央駅からトラムとバス(市内宿泊者ならどちらも無料)で小一時間。
丘の上に、巨大なゲーテアヌムと、
おそらく同じ思想を持つ人々が同じ様式で建てた建物で暮らす一体だった。
しかし残念ながらゲーテアヌムは外装工事中(外観画像のみお借りしてます)。
広い館内と、周りの集落を少し歩いた。
この様式って何か、ある特性や法則があるのだろうな。




ゲーテアヌムや周りの家々の間には
車道の他にこんな小道が張り巡らされていて、
場所によっては小川が流れていたり、小さな森の中を歩くようになっていた。
この小道、人の行き来が結構あって、遠くから人がてくてく歩いて来ると
"人が自分の元へやって来る"って感じがして好きだった(そのまんまなんですけどね)。
いろんな木の実の木が所々に植えられていた。

レストランで食事をして、おそらくその農法に沿って育てられ
調理された野菜の味にうっとりしてしまった。
甘み、不自然な甘さじゃなくて。
トイレには日本でちょっと高めに売られてるハンドソープがあった。
自然に還りやすいもので、この土地は、ここの土はさぞ元気だろうと思った。
住む場所、住まい、イメージがふわり。
ギスギス実践する気はないけど。



圧倒されて、外へ。
大きな木の下にベンチを見つけた。
その下で私がベンチと同化した頃(ちょっと寝た)、
鳥が遊んでるのが見えた。
おっかけっこ、木の窪みから葉っぱを一枚一枚落とす鳥、
同じとこ何回も行ったり来たり。
大きな木だったから、風が上の方だけ吹いたり、
その後葉っぱの音が全体に広がったり。
枯葉が上の方で木を離れて、ふわふわ落ちてきてそっと地面に着く音。
遠くから聴こえるピアノの音。

もう何にもいらないね。



Créer, c'est vivre deux fois.

    創作することは二度生きること














ロンシャンの礼拝堂





数年前のコルビジェの展示を東京で観た。
最後の展示室に、コルビジェ自身が奥さんと過ごした海辺の別荘が再現してあった。
キッチン、シャワールーム、ベッド、収納、テーブル…
この全てが8畳の広さに収められていて驚いたのを覚えている。
その作りのどれもが使い勝手が良く、無駄がないのに無機質でもなかった。
それからこの礼拝堂にも興味が湧いて、
いつか行けたらとずっと思っていた。
そして来てしまった…また…おひとり様で!(ガクガク)

スイス・バーゼル駅から(駅構内でフランス国境入り)電車を乗り継ぎ約2時間。
着いた駅は私の地元よりも田舎。
無人駅から山道を登ること30分。
ぜーぜー言いながら冷たく澄んだ空気が美味しいのだった。
そして視界に入ってくる、丘の上のコルビジェが設計したロンシャン礼拝堂。
それまでの直線的な建築とは異なる、夢の中の建物みたいなむくむくとした礼拝堂。
屋根の黒い部分は下から見上げると大きな船のよう。
各所に物語を感じるような建物だった。
(ステンドグラスの趣味は???だったけれど)

ここで、同じく日本から来ていたMさんと芝生の上で休憩&雑談。
みんないろんな旅をしている。
Mさんがフィルムカメラで撮影しており胸を鷲掴みにされる。
更に地元のスケッチ大会中学生にからかわれたり。
『ねーねーお姉さん達中国人?きれい、写真撮ろうよ』
と地元中学生の陽気な安田(と命名)のiPhoneに収まる。
どう考えたって、君の同級生女子の方が私たちよりセクシーだよ、
いつも盛り上げ役ありがとな安田…元気でな…!

途中、(わかりやすく説明するならば)腰のひん曲がった高齢のシスターが
杖をついて何度も休みながら、礼拝堂に入っていった。
安田達が敬いながらシスターと話しているのが好きだった。
すっかり子供の顔になって。
後でまた礼拝堂へ入ると、もう誰もいないと思っていた椅子の間に小さく、
シスターは身体を屈めてずっとお祈りしていた。

帰り、そのシスターはすれ違う時
『あなた日本人ね。
 昔パリの修道院で沢山の日本人シスターと一緒になったわよ。
 みつこ、みやこ、なつこ、ね。』
と声をかけて下さった。
腰は思いっきり曲がっているけれど(かなり高齢だと思う、90歳とか)、
こんな風に信仰に人生を捧げ、ずっとずっと祈り、その力みも通り越して、
そして本当にそのまま終わろうとしている人がいるんだ。
「Bonne chance!」幸運を、そう言うと
『私も日本語で、あなたにそう言いたいものだわ』
シスターはそう言って、またゆっくりゆっくり歩いていった。
あんなにゆっくり歩く人を、私は見たことがないだろう。
思想が彼女の身体を越えていく時が、少しずつ近付いているのかもしれない。
これまでどれだけのことが彼女を通り過ぎただろう、
それでも残るのは穏やかでささやかな、こんな空気感なのかな。
私は彼女の、そんな時間を見た気がした。












東洋の馬鹿と善人マダム

バーゼルに着いた日、パトロール中に見かけた『Hamlet』の文字。

滞在中に、しかも日本で見るより格段に安い。

せっかくだし観劇しちゃおー!とチケットを購入。

当日駆け込むと、劇場のドアが閉まってる。

おかしいなーやだわやだわと思い、カウンターのマダムに声をかけると

『Hamlet?…日付が来月だわ…』と。

来月の今日のチケットを間違って購入しちゃってた!NO〜

『払い戻し?それができないの』

と申し訳なさそうに同情して下さったマダム。

しょうがない、来月はいないもの。

馬鹿「あの、このチケット私からあなたにプレゼント。。

           お友達にでも差し上げて下さい」

マダム『え〜!どうしましょう…うー、んー…』

と二唸りした後、なんとレジからチケット代を引っつかんで渡してくれて。

馬鹿「え、ほんとにこれはプレゼント、私が間違ったんだし」

マダム『いいの(ウィンク)、ほら、バレないうちに』

と送り出して下さったのです。

有り難いことといったら。



◉yeux scintillants

    (輝く瞳)









2014/09/27

ど・れ・に・し・よ・う・か・な


慣れてきたのか、朝起きたらだるかった。
ごろごろ準備して、昼前に出発。
そういえば7時頃、窓から男の人が入ってきたけれど
誰も起きず、しばらくしたら隣のベットで寝ていた。なー

今日はVitraへ。
バーゼル中心部からトラムとバスを乗り継いで一時間(国境も越えて)、
インテリアのVitra社が広い広い敷地を使って
建築物をどっかんどっかんと展示してある。
英語のガイドツアーでしか入れないところがあるから是非、
との情報を得ていたので申し込む。
2時間のツアー(私レベルの中学語学力でも十分楽しめる)
(それか私レベルに能天気な方?)。
同じ宿のカップルと一緒になった。

有機的な構造の大きなテントを皮切りに、
5つくらいの建築を回って行く。
そのうち3つが日本人の建築家によるもの。
SANAA、Isamu Noguchi、安藤忠雄。
それぞれ日本にいる時はそこまでピンと来なかったけれど(この感性ですから)、
外国の人が伝えてくれる良さを通して初めて魅力を感じたり(この感性ですから)。
特に安藤忠雄さんは日本家屋や庭師を思わせるような
建物へと続く細く長い道
(最初建物に近づくけど少し遠回りしなければならず、
その間に気持ちが整う)、
小さな入口からスッとその中へ入る感じ、
直線的で無駄の無い建物のライン、
会議室から見える景色
(外壁の高さが道路と同じ高さになっていて、
会議中外を見ると壁の上を車がバンバン走ってくように見える遊び心)、
『触ってみて』と言われて触れたコンクリートの壁の滑らかな肌触りは
まるで赤ちゃんの肌みたいだった。
関西のおっちゃん建築家みたいな印象だったけど(いや、なにせこの感性ですから)。
訪れる人への、ずっと送り続けるメッセージみたいだった。
私たちがまだ気づいていない仕掛けもありそうだし。

SHOPの上にあるVitra社のインテリア館も、展示の仕方も含めて見もの。


ガイドのマダムが紙を片手でぐしゃぐしゃにして
『ね、こんな建物じゃない?』
と言った。













◉あなたの家か私の家?
    Chez toi ou chez moi ?
    (どこで一緒に夜を過ごすか、の際に)





2014/09/25

文句あります

ぐっすり眠って、朝。
泊まっているユースが運河沿いだったから、
朝食を外のテーブルに運んで食べた。
寒い。気持ちいい。秋の空気。

女子部屋なので、いろんな国の女子をおかずに
(だってかわいいんだもん)身支度をして、
パリ在住のMさんと合流。
日本からの荷物をお渡し。お茶。
『会ってから伝えようと思ってたんだけどね、
P家のJMさんが二日前に亡くなったの』と。
昨秋フランスへ来た時、80歳のお祝いパーティに混ぜてもらった。
その主賓のムッシュだ。
『ごはんを食べた後、いつものソファに座ってね、
    気づいたら息を引き取っていたみたいなの』

JMさんは身体が弱ってきているものの、
ユーモアと威厳がおかしいバランスでひとつになったような、
格好のよいムッシュだった。
包容力を感じさせる今時珍しい男性的な雰囲気と、
毒舌的な笑い(大大大好物でござい)が、私は一度で大好きになった。
きっとみんなそうなんだろうな。
ぶっ飛んだことを言うのに、
こうして思い出すときちんとした印象が残っている。
きちんと分けられた髪、眼鏡の奥の決めつけない瞳、たっぷりとした身体を包むセーターと糊のきいたシャツの襟。
脚も心臓も、時間と共に動きを緩め始めていたけれど、
その内側に在るあの人にしかない感性は周りに独特の力を与えていたんじゃないだろうか。
発作が起こって入院することがあっても、
あの人柄だからすぐ病院の人気者になっていたそうだ。
"仏語はむつかしいかい?
  仏語とは、喧嘩であり、コミュニケーションであり、ふむ、そうだな、セックスでもある"
と言い放ってくれたのもJMさんだった。
迫力ある恐ろしい顔で凄んで、その後舌を出して子供みたいに笑って(しかも舌の先が尖ってた〜♡)。
震災後、確か文化交流で福島からの客人達を一家で受け入れたと聞いた気がする。
その時に貰ったという桐の箱に入った日本酒を出してきて見せてくれたなぁ。

JMさんに、苦しまずに終わりが訪れた。
家族と一緒の時に、ひっそりと静かに、いつもの場所で。
誰も驚かさず、怖いイメージを残さずに。

85や90は迎えられるかわからないからと
80歳のお祝いを、一年がかりで準備した娘さん。
それが本当になってしまった。
もう何年かは時間があるだろうと、勝手に思っていた。
"次は子供を連れておいで"って言ってくれたのにな。
もう次はないんだ。
十時間前にはまだいたのに。
離れてても、同じ太陽に照らされてたのに。

午後、飛行機に乗って移動。
お手伝い前の小旅行。
雲の上は光と白と、青しかなかった。
P家が暮らす街の、青い天井の教会に行きたいと思った。
神様、ちょっと早いよ。



    神様より
◉Ne te plains pas.
   (文句を言うな)











番外編/帰ってきたよ!おパリはん



パリに行くことになった。
アトリエ引っ越しのお手伝い。
もし興味があったら、と航空券と
泊まれるアトリエを提供してくれることに。
去年の引っ越し手伝いを思い出すと気が遠くなるけれど、
まさかこんな話が舞い込んでくるとは。
国内外に出張へ行く友人を羨ましく思っていたけれど、
フリーターにはフリーターの仕事が舞い込んでくるものなんだなぁ。

アエロフロート、意外と快適(飛行機も新しく、各席でUSB充電可能)。
着陸が結構揺れて、機体が落ち着いた頃どこからともなくパチパチと沸いた拍手は
お約束のブラックジョークなのだろうか。

モスクワに着いて入国審査の時に、パスポート写真と今が違うと疑われる。
確かにパスポート写真はワンレン&more男顔(ひと昔前のJリーガーのよう)で、
時にはみうらじゅんとさえ呼ばれていたWジュン時代でもある。
少しふっくらしていたしね。
でも人はちょいちょい変わるでしょ。

空港から見える帝国ロシア。
針葉樹林と、遠くに大きなビル、入り組んだ沼?河?が見えた。
大き過ぎて、どんな国なのかさっぱりわからない。
凄く大きなものが、大きく見えない。

今はロシア〜パリ間を、夕日に向かって飛んでいる。
どんなにぶっ飛ばしたって、文明が自然に追いつきっこない
そういうことが気持ちをなだらかにする。
このタイミングでぽっかり日常から外れられるのは
とっても有難いことだった。
普段の暮らしから、凄いスピードでどんどん離れていく。
いくつもの街を越えて。
夕暮れの景色がずっと続くから、時間や感覚が変だ。
前の席のカップルはキスしたり、いちゃついてるけど嫌じゃなかった。
世界はこんなに広いのに、私たちは今こんなに近くにいて
同じ乗り物に乗り、遠くへ向かっている。
長い長い夕暮れを前に、音楽を聴いているだけで
とても豪華な気持ちになったから音量を上げた。
どうかなるべく、透明な感じ方ができますように。

後席のおなごが足を上げていて少し香っている。
どーゆー神経してるのか、なー!
これも現実だ。

今回は携帯からアップします。(お見苦しいところもあるかと、の意)

ではでは、番外編/私とパリの18日間!

はーじまーるよー


◉En vieillissant on devient plus fou et plus sage.
 (年齢を重ねるごとに、私たちはよりクレイジーに、より賢くなる)